(11)「版籍奉還・廃藩置県」

版籍奉還(1869)

□藩の領地(版図)と領民(戸籍)を、藩主が朝廷へ返還

・形式的には新政府が全国の支配権を得たこととなった

大久保利通木戸孝允らのすすめで、薩摩藩長州藩土佐藩肥前藩の藩主が版籍奉還を申し出た

・他の多くの藩主がこれに続いた

版籍奉還を申し出ていない藩主にも版籍奉還を命じた

□新政府は旧藩主を改めて知藩事に任じた

知藩事は形式上、新政府の地方長官として藩政にあたった

□旧来の、藩主と藩士との主従関係は、形式上は解消された

□新政府は知藩事に対し、年貢収入の10分の1を家禄として支給した

知藩事の家禄は、藩の財政からは分離したもの

知藩事は藩内の徴税権や軍事力は保持したままであった

 

廃藩置県(1871)

薩摩藩長州藩土佐藩の兵を政府直属の御親兵とした

御親兵の軍事力を背景に廃藩置県を実行(廃藩置県の詔)

・すべての藩が廃止されて府・県となった

知藩事は罷免され、東京居住を命じられた

□地方行政は政府が派遣する府知事・県令がおこなうこととなった

□1使(開拓使)3府(東京・大阪・京都)302県となったが、同年中に1使3府72県となった

・のちに1道3府43県となった(1888)